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大阪地方裁判所 昭和51年(ミ)6号 決定 1976年10月25日

申立人

伊藤工機株式会社

右代表者

伊藤誠治

右代理人

森恕

外二名

主文

伊藤工機株式会社につき更生手続を開始する。

理由

第一申立の要旨

一会社の概要

1  申立会社は、昭和二八年一二月二五日に設立され、ガス用各種バルブ及び調整器の製作販売、LPガス供給設備工事等を主たる業務とする会社である。

2  申立会社は、設立当初よりプロパンガスの普及に伴い、家庭用及び営業用圧力調整器の製作を行つていたが、昭和三二年頃から各種エキスパンシヨンジヨイント及びフレキシブルチユーブ等の連絡装置の発売を開始した。その後LPガス大量プラント等の需要が激増したので、これに対処するため昭和三六年に新工場を完成し、圧力調整器の大量生産に乗り出した。そして全国各地に営業所を設け、昭和四八年には滋賀県坂田郡伊吹町に新設した工場も操業を開始し、資本金も漸次増額し、現在の資本金は一億九〇〇〇万円となり、LPガスの工業用圧力調整器の製造販売については市場占有率が七〇%、都市ガス用燃焼器具に必要なガバナーについて専門メーカーとしては市場占有率一〇〇%となつている。

3  申立会社の発行済株式総数は三八万株、資本の額は一億九〇〇〇万円であり、その役員は代表取締役伊藤誠治外取締役八名、監査役箕浦重五郎である。

従業員数は、総務部一五名、営業部八三名、製造部二五六名、技術部一〇名、合計三六四名である。

二業務の状況

1  主要生産品目

LPガス用圧力調整器

都市ガス用器具ガバナー

LPガス用高圧ホース

LPガス用バルブ類

2  取引先

(一) 主な仕入先

有限会社岩谷製作所、株式会社内村商店、大阪黄銅株式会社

(二) 主な納入先

矢崎総業株式会社、株式会社ミツウロコ、株式会社ガスター

(三) 取引銀行

大和銀行、住友銀行、福徳相互銀行、近畿相互銀行

三資産、負債の状態

昭和五一年四月三〇日現在の資産総額は三六億九二三七万円、負債総額は三〇億六三七万円である。

四会社が窮地に陥つた事情

申立会社は昭和四九年度の決算期までは利益を計上していたが、その後における経済界の一般的不況の影響を受け、昭和五〇年度は一億五〇〇〇万円の損失を計上した。申立会社が窮地に陥つたのは、申立会社が製造したLPガス家庭用自動切替調整器が昭和五〇年頃から品質不良との指摘を受けたため、申立会社の他の製品も欠陥商品視され、このため主力製品の売上高が激減したことによる。

五更生手続開始の原因たる事実

申立会社は事業の継続に著しい支障を来たすことなく弁済期にある債務を弁済することができない状態にある。すなわち、申立会社について昭和五一年六月五日現在で今後満期の到来する支払手形の合計額は約一〇億円であるが、これの財源としての現金はなく、銀行融資も全く期待できない。

六更生計画に対する意見等

申立会社所有の東大阪市内の遊体不動産(土地)約二七〇坪及び本社工場、従業員用駐車場約二〇〇坪(時価合計約一億四〇〇〇万円)を売却することにより、当面の運転資金の捻出が可能となり、再建の見通しは十分ある。

よつて、申立会社について会社更生手続を開始する旨の決定を求める。

第二当裁判所の判断

一本件各疎明資料、申立会社代表取締役伊藤誠治の審尋の結果、申立会社の検証の結果、調査委員の調査報告、債権者及び従業員等に対する意向聴取の結果、保全管理人小倉慶治の報告書及び意見書、その他当裁判所の調査の結果を総合すると、申立の要旨の一の「会社の概要」記載の各事実(但し、昭和五一年一〇月一二日現在の従業員数は、総務部一一名、営業部六八名製造部一九五名、技術部七名、合計二八一名である。)、同二の「業務の状況」記載の各事実及び昭和五一年六月七日現在の申立会社の財政状態は別紙貸借対照表記載のとおりであつて債務超過であり、この債務超過は今日においても解消されていないことを、それぞれ認めることができる。

このように申立会社には破産の原因があるので、更生手続開始の原因のあることが明らかである。

二そこで、前掲各証拠により、申立会社の更生の見込の有無について検討する。

1  申立会社の第二一期事業年度(昭和四八年一月一日から同年一二月三一日まで)、第二二期事業年度(昭和四九年一月一日から同年一二月三一日まで)、第二三期事業年度(昭和五〇年一月一日から同年一二月三一日まで)及び第二四期事業年度(但し、昭和五一年一月一日から本件申立の日である同年六月五日までの期間に限る。)の損益の推移は、別紙損益分析比較表記載のとおりである。

これによれば、申立会社の業績は、第二三期から極端に悪化しているが、第二二期と第二一期を比較すると、売上高と売上総利益がかなり増加しているにもかかわらず、一般管理費の増大により営業利益が減少し、更に営業外費用の著しい増大によつて経常利益が激減している。この事実は、既に第二二期において申立会社の業績が著しく悪化していること及び申立会社に構造的な欠陥があることを示している。

2  このように、申立会社の業績が第二三期から急速に悪化して本件申立に至つた主な個別的要因としては、次の事実をあげることができる。

(一) 申立会社が製造した家庭用自動切替調整器「いずみ」の一部に、内部のダイヤフラムが裂けて、LPガスボンベ内のガスが外部にもれるという事故が昭和五〇年に発生した。そのため、申立会社は流通在庫を含めて極めて多数の「いずみ」について無償の交換やオーバーホールを行い、約一億八〇〇〇万円の損失を負担した。

そして、申立会社の製品について信用が低下し、売上高が減少したので、申立会社はこれを回復するべく値引販売を行い、資金の不足を多額の借入金でまかなわざるを得なくなつたので、金利負担が著しく増大した。

(二) 申立会社のLPガス供給設備工事や大型のLPガス用圧力調整器、バルブ等利益率の高い製品に対する需要も、第二二期においてはオイル・シヨツク後のLPガス備蓄の必要等のため相当あつたが、第二三期以降は設備投資の減退により激減した。

3  しかしながら、申立会社が、その製品の高い知名度、市場占有率及び性能にもかかわらず倒産するに至つたのは、これらの個別的要因にとどまらず、経済の高度成長とともに順調に成長した同会社が、低成長への経済情勢の激変に対応できなかつたためであり、ここに申立会社の経営の基本的な欠陥を見ることができる。

4  本件申立後も申立会社の製品に対する需要は依然として高く、その全工場はフル生産を続け、月次損益では経常利益を計上するに至つている。そして、LPガスや都市ガスに対する需要は今後も増大すると予想できるから、申立会社の製品に対する需要も更に増大する条件はある。

申立会社の製品のうち、大型のLPガス用圧力調整器は市場占有率一〇〇パーセントであり、この市場占有の状態は今後も継続すると思われる。また、都市ガス用器具ガバナーについても、専門メーカとしては市場占有率一〇〇パーセントであり、その他の製品について市場占有率は概ね六〇〜七〇パーセントである。そして、前記「いずみ」もダイアフラムの材質を変えることにより前記の如き事故を起こす危険性はなくなり、その他の製品も性能がよく、申立会社の技術は業界で高く評価されている。

このような事情及び申立会社代表者がLPガス業界の発展に永年貢献して来たことから、非常に多くの債権者、取引先その他関係者が申立会社の存続を希望し、会社更生法による同社の再建に協力する意思を表明している。また、従業員の会社再建への熱意は極めて高く、一致団結して会社の再建に努力している。

5  しかし、申立会社を再建するためには、従来の経営のもたらした同会社の内外に存在する多くの問題を解決してゆく必要がある。すなわち、申立会社には、経営規模の適当な縮小、機構の簡素化と取引先の要望に迅速に応える態勢の確立、利益率の高い商品の生産に重点をおいた事業内容の整理と改善、販売及びアフターサービスのための組織の改善、厳格な生産、販売及び資金計画の確立、正確な原価計算及び厳重な品質管理の実施、製品の改良と新製品の開発、生産コストの低減及びその他の経費の節減技術の向上と人材の育成等多くの問題があり、総じて経済情勢に即応した堅実な経営方針と将来の会社のあり方に対するビジヨンを早急に確立する必要がある。

貸借対照表

(昭和51年6月7日現在) 〔単位 千円〕

資産

金額

負債

金額

現金預金

813,516

支払手形

1,076,408

受取手形

153,239

買掛金

252,407

売掛金

431,802

借入金

1,414,678

棚卸資産

480,649

未払費用

15,000

貸付金

68,126

預り金

101,807

未収金

13,233

未払金

91,451

その他流動資産

147,607

貸倒引当金

33,000

有形固定資産

1,002,316

減価償却引当金

420,923

無形固定資産

17,203

退職給与引当金

7,418

その他投資

80,279

その他流動負債

36,710

資本金

190,000

法定準備金

42,000

剰余金

△ 473,832

合計

3,207,970

合計

3,207,970

損益分析比較表

第21期

第22期

第23期

第24期

金額

比率

金額

比率

金額

比率

金額

比率

千円

千円

千円

千円

売上高

4,008,385

100

4,586,845

100

3,587,221

100

1,451,243

100

売上原価

3,230,447

80.5

3,663,696

79.8

3,064,098

85.4

1,313,509

90.5

売上総利益

777,938

19.4

923,149

20.1

523,123

14.5

137,734

9.4

一般管理費

549,723

13.7

718,028

15.6

671,312

18.7

261,050

17.9

営業利益

228,215

5.6

205,121

4.4

△148,189

4.1

△123,316

△8.5

営業外収益

71,237

1.7

84,744

1.8

82,933

2.3

39,765

2.7

営業外費用

132,496

3.3

223,921

4.8

296,061

8.2

144,425

9.9

経常利益

166,956

4.1

65,944

1.4

△361,317

△10.0

△227,976

△15.7

特別利益

34,221

0.8

55,902

1.2

52,483

1.4

3,195

0.2

特別損失

54,035

1.3

47,128

1.0

34,120

0.9

124

0.08

税引前利益

147,142

3.6

74,718

1.6

△342,954

△9.5

△224,905

△15.5

6  以上に述べたところ及び諸般の事情を総合すると申立会社の前途に多くの困難が予想されるものの、その更生の見込はあり、かつ、更生の必要性も非常に高いと認めることができ、その他に会社更生法三八条各号所定の申立を棄却するべき事由は認められない。

三よつて、本件申立を認容することとして、主文のとおり決定する。

(首藤武兵 菅野孝久 大谷種臣)

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